遠くへ嫁いだ妻達へ -8ページ目

ちゅうたろう、密室保育について話し合う

ぶっ倒れた日(昨日のちゅうたろうのとほほな姿を見ておくれ・・詳しくは、下の記事をごらん遊ばせ♪)、飲み会の席で、あるお母さんと話をすることができた。

ずばり、そのお母さんも遠妻である。
話しが合うのは、当然だ。

彼女は、ちゅうたろうよりも少し年上だが、凛としたオーラを持っている。
なぜなら、彼女は、育児支援のためのNPO法人を設立しようとしているからである。
やはり、何か目標がある人ってゆーのは、いつの時代でも輝きを放っているものだ。

そんな彼女は、生粋の日本男児である旦那さんを、うまく誘導して、2年間の海外勤務を経験していた。
帰国後は、旦那様の実家である山奥に家族で暮らしているそうだ。
田舎のため、田舎独特の地域性になかなか溶け込めず苦悩していた。


あのう・・・どこからですか?


真っ赤なアンサンブルをしゃきっと着こなした彼女から尋ねられた。

カウンセリング講座の時には、通り一遍の自己紹介はしたものの、そういえば出身地までは言ってなかったな・・・


はあ、私、実は福岡から嫁いできまして、ここの辺の者ではないんです。


と、ちゅうたろうは答えた。



へえ~、私も山口からなんですよ



なあんだ、彼女も遠妻かあ。
それから、話しが盛り上がったのは想像に足るだろう。


話をする中、育児のことが話題に上った。
まあ、当然かもしれない。
彼女は、育児支援をライフワークとして、取り組もうとしているのだから・・・

その話の一つに、密室保育のことが上がった。


ちゅうたろうには、子供はまだいないが、遠妻の子育てというものがどんなに大変か友達を通して思い知るところがあった。

ちゅうたろうの大親友は、これまた、福岡から千葉へお嫁入りをした。
彼女も遠妻である。
嫁いですぐに彼女は、実に可愛らしい男の子をもうけ、またすぐに女の子をもうけた。よかったねえ!なんて、遊びに行ったりしたこともある。

しかし、それから、しばらくして、時々、メールや電話で、彼女の悲痛な叫びが送られてくるようになった。



子供に怒声をあげてしまう
いけないと分かっていても叩いてしまう(虐待に至るまでのものではありませんでしたが)
自分のストレスを子供にぶつけてしまう
どうしたらいいんやろう・・・



痛たまれなかった・・・
その時は、精一杯に自分なりにフォローしたつもりだったが、やはり、同じ経験をしていないし、分かるよ、その気持ちなんて言うことは、ちゅうたろうにはできなかった。
今から思えば、あの時私自身、何をどうフォローしたのか正直覚えていない。
ただただ、聞くことだけだった気もする。


彼女は特に、結婚前まで、子供を支援する施設で働いていたため、まさか自分が子供に対してそんなことをするということが、信じられなかったのだ。


そして、彼女は、自分を責めてしまった・・・


幸い彼女は、少しづつではあるが元気を取り戻し、今では、完全に子供の成長を楽しみに毎日明るく生活しているようだ。



そんな話をした。




そうか・・・・
真っ赤な服のお母さんは言った。



実は、自分が今回NPO立ち上げを考えたのも、遠妻とか、転勤族とか、周りに頼るものが著しく少ない状況におかれたお母さんの、よりどころを作りたいというのも一つの理由なんだ

続けて、そのお母さんは言った。




誰にも頼るものがなく、夫は、仕事で家事育児はほとんど奥さん任せという、完全に家から出れない密室育児で、つぶされてしまう奥様は、きっと少なくはないはずだ。




奥さんだって、全てを忘れてリラックスする時間は必要だ。
奥さんだって、いつも綺麗でいたいはずだ。
奥さんだって、笑って子供と接したいはずだ。
奥さんだって、旦那様と育児の喜びを共有したいはずだ



外に出て、働きたい。
いろんな人と知り合いたい。
何かを勉強したい、学びたい・・・


でも、なかなかそんな場って少ない・・・

真っ赤なアンサンブルのお母さんは、ちゅうたろうの親友と同じ経験をし、同じ気持ち味わったと自らの体験を話してくれた。

遠妻にとっては、本当に心強い存在だと感じずにはいられなかった。

少しでもお母さんが楽しんで育児をしてほしい・・


そんな彼女の強い願いが感じられた。



真っ赤なアンサンブルのお母さんは、これからも育児支援のために、頑張り続けのだろう・・。

そんな人が、いる・・・

ちゅうたろうは、とてもとても嬉しくなった。
かなりかなり嬉しくなった。



よし、ちゅうたろうも、いつか・・・・・・


遠妻の皆さんに、何か喜びを与えられるようなことを 絶対にやってやるのだ!!

その一つとして、今回勉強したキャリアカウンセリングを使うのだ!




絶対に・・・・
絶対に・・・・

やってやるのだ・・・



真っ赤なアンサンブルお母さんとの有意義な時間は、寒空の中、ぶっ倒れたちゅうたろうにとって、オロナミンC並みに元気をもらった時間だった。





















締め付けて貧血・・ぶっ倒れる

今日で、各週に渡って1ヶ月続いたキャリアカウンセリングの講座が修了した。

昨日は、一日早いが、講師の先生の事情で、打ち上げが行われた。
しがない町だが、遠路はるばる泊まりがけで、この講座を受けに来られた人もいて、格安居酒屋で盛り上がった。

遠妻ちゅうたろうにとっては、この町ではじめての居酒屋だった。
福岡では、たーくさんのお店があって、友達とも食べ歩きをしたのに、今では、店もあまりにない片田舎で生活している。
無意識のストレスだ・・・

しかし、いろんな職種の方と仲良くなれ、いろんな話ができた。
酒も入って、みんなエンジンがかかってくる。

ちゅうたろうは、ちなみに酒に関しては、ごっつい自信があり、福岡にいた頃は、

バッカス神(酒の神様)をこよなく信仰していた。(笑)

まあ、吐いたりすることは今まで、ほとんど経験がない。


そんなちゅうたろうも、皆さんと一緒に、ビール、焼酎とたしなみ、話に花を咲かせていた。


しかーし・・・悲劇はそんな飲み会が終わり店を出た時に起こったのだ。

「この辺で、お開きにしましょう」
幹事さんの声。

はーいとそれぞれに席を立つ。
ちゅうたろうも、よっこいしょと腰を上げる・・・と・・・

あれれれれ・・・・・
何かちょっと立ちくらみ。


足がしびれているからか・・・
まあ、とにかく後ろから人が出てくるので、そのまま靴を履いて、店の外に。


あー、楽しかった・・・・
と思った瞬間。

何となく、全身の血液が一気にぐるぐるめぐっているような感覚になり、段々目の前が暗くなってきた。
何で・・・あれ・・・目の前は真っ暗に・・・



そして・・・その後は・・・



意識がない・・・



気づいたのは、大丈夫!!と仲間の女性が、私の体を揺さぶってくれている時だった。


え、えええええ、何???何???何???

自分でも訳が分からなかった。


でも、状況から、どうやら私は立っている状態から、一気に気を失って真横に倒れた
らしい。
近くには、鉄の柱があり、もう少しずれていたら、私は、確実に頭を強打していたかもしれないことも、後で気づいた。間一髪!

その後、トイレに行き、顔を見ると、完全に血の気を失っていた自分の顔に、唖然としてしまった。
すごい、真っ青!!!
自分でも、これはやばいと思った。

明らかに・・・貧血だ。
間違いない。

周りは、ちゅうたろうが、酔っぱらって倒れたと思っていたようだが、たまたま倒れる瞬間を見ていた他の仲間が、これはおかしいということになり、急遽、再び居酒屋の中へ。

空いているお座敷で、少し、横にさせてもらった。とほほ・・・


なんで貧血?ふと考えると


15人ばかりいた仲間が入れられたのは、かなり狭苦しい板張りの座敷。
足も伸ばせない。体制を変えるのにも一苦労だった。

おまけに、寒さに弱いちゅうたろうは、Gパンの下に、結構きつめのタイツをはき、ストレッチなしのジーンズで正座に近い状態で座っていたのだ。
この状態が長時間続いたので、きっと血流が悪くなり、立った瞬間に、一気に血が巡ったのか・・・巡らなかったのか・・・それは分からないが、
明らかに、

締め付けて長時間板張りの上に座っていたこと
が原因だとは思う。


しかし、本当に、一歩間違えば、今頃、入院してたかも・・・


今日、朝から講座に行き、みんなから、

ほんとに危なかったよ

と口々に言われたのは言うまでもない。


皆さん、やはり、締め付けはいけませんよー!!(*。*)
しかし、ほんとに命拾い・・・

日本の果て暮れで遠妻が叫ぶ・・・

嫁いで、早3年。

実家へは、車で7.8時間はかかる。

空港は、離れているし、飛行機の便も少なく値段もお高い。


実家へ「ちょっと寄ったよ」なんてことは不可能である。
よくもまあ、こんなところに嫁いできたもんだ。
最近思う。


なんといっても、一番寂しいなあと思うのは、やはり、住み慣れた土地にいる友達と離れてしまったこと。

前は、何か嫌なことがあったり、悲しいことがあったりすると、


ちょっと聞いてよ~

なんて気軽に連絡して、休みはお昼にランチしたりして、いろんなこと話したり・・


でも今は、それが簡単にはできない。


簡単にはできないのだ。



前は、簡単とか難しいとか考えたこともなかった。


いて当たり前、それが、親友・・・



だった・・・・



遠妻にとっては、親友が近くにいないことは、結構な打撃だ。



電話をすればいい、それもそうだ。
でも、顔が見れない。



遠妻にとっては、確実に気持ちがマイナスに陥る一要因。


新しい土地に行けば、また新しい出会いがある。
確かにそうだし、そこそこで、友達はできる。



でも、自分の心のうちを開かせる人なんて、そうそうできるものじゃない。

そうは思いませんか?



本当の親友とはどこにいても繋がっているとは思うけれど、やっぱり会いたい時に顔が見れないのは、とっても寂しい。


寂しいね。


でも、一つだけ、寂しい心を癒してくれるものがあった。


それが、この遠妻同盟だった。
最初は、こんなブログに人が来てくれるだろうかと思った。
でも・・・

同じような境遇にいる人たちがいるんだなって。
何かほっとした。


皆さんのコメントすごく嬉しくて・・・



ここでの出会い、大切にしなくちゃなって


読者の皆さんや、コメントやTBやってくれた方に、

本当に「ありがとう」 が言いたいです。


「ありがとう」「ありがとう」・・・・
ほんとに、私のブログに興味を持ってくださってありがとうです。



今後とも、遠妻、ちゅうたろうをよろしくお願いします。                                                                      ちゅうたろう            

あなたの風邪の治し方教えてください!!

昨日は、更新・・・していないのだ・・・

なぜなら、何となく風邪気味だったから。
この時期、毎年、インフルエンザやらの風邪がはやる。
私は、毎年、必ず、冬に一度は熱を出して寝込んでいた。

しかし、今年は、旦那に先をこされ、自分が寝込むどころではなくなってしまった。
気を張っていたのか、今年は、風邪引かなかったなと思った矢先、何となく、
喉の痛みが・・

やっばいなあ・・・

今週は、土日一日かけて、カウンセリング講座のスクーリングがあるし、休めないんだよね。
仕事も休めないし・・・


昨日は、早めに休んだけど、回復の兆し無し。

いちごやきんかん、しょうが湯・・・
いろいろ飲んだり食べたりしているものの・・・

どなたか、自分は、風邪はこうして治すって方教えてくださいな~


こぶら酒(グロイもの見たい人どーぞ!)

月曜日、旦那は風邪で寝込んでいるというのに、旦那のいとこがうちにやってきて、1泊した。

もう14年もベトナムに住んでいる(ベトナム人の奥さんがいる)彼が、我が家におみやげを持ってきた。

なんや・・・これぇぇっぇ!!!!


こ、こ、こぶらやないかあ!!!





「ほれ、これ飲め!かーーーーっと!効くぜい。一発やがな、飲んでみい。治るで」


と、普通に勧める旦那のいとこなのでした。

遠妻式~お料理チョイスの際の注意事項~

遠妻式結婚SOSも第3回となりました。
今回は、小物作りについて書こうと思ったのですが、急遽、お料理について書いておきたいなと思い、予定変更(わがままなライターだ・・・)しました。

さてさて、結婚式のお料理と言えば、
 ○ 洋食
 ○ 和食
 ○ 和洋折衷
 ○ 中華
こんなところでしょうか。

皆さんどれを選ばれますか?

よく、ホテルのプランにあるのは洋食ですよね。
フランス料理6品~8品ってところが主流でしょうか?
最近は、中華とかも増えてきているみたいだけど。

しかし、プランだからといってそのコースを選択するのは要注意です。

パンフなどには、色とりどりのおいしそうな料理の写真が並べられていて、
いかにもいいなあ、これにしよ!って選んでしまいたくなりますもんね。

でも、ここでちょぃと考えてくださいね。
フランス料理で6品なんて、デザート、コーヒー、スープ、サラダなどを含めた品数ですから、実質お口に入って、あー食べたっていう気持ちになるのは、2,3品ではないでしょうか。

先日、うちの父親が親戚の結婚式に出席し、

フランスパンをつまみにビール飲んだよ
なんて言ってました。

でも、あながち、これって嘘じゃない気がします。
特に男性は、絶対物足りないはず。
そのへんをよく考えて、お料理チョイスしたほうがいいと思います。

ちなみに、私は、和洋折衷で節約した分でお刺身をつけてもらいました。
結構な品数で、ボリュームも出たし皆さん大満足だったという声でした。

もちろん、試食は必ずやっておいたほうがいいですね。
私も、母と一緒に試食しましたが、最初は、おフランスのコース(パンフに載っているやつ)にしたんですよね。

で、食べて、


ん???何か物足りない・・・

それで、やはり和のものと、洋のものが食べられる折衷に変更したんです。
これなら、洋がちょっと・・・という男性も満足だろうと・・・

おフランスが悪いというのではないです。
品数には注意してくださいねということです。

それから絶対試食されてから決められたほうがいいですよ。絶対!

それから、最後に、デザートバイキング。
これもできるならつけられると、女性に喜ばれますね。
最近は、男性も甘党の方が多いし。
このバイキング、華やかで和やかな雰囲気を作り出すのにも一役買うものだと思いますね。
ケーキって、やっぱり、何か見てても、わあっ☆ってなるしね。

余裕があればやられることをおすすめします。

では、今回はここまでです。
次回は、お約束の小物作りについて書きたいと思います!


思い出のあの曲・・歌詞が・・あああって思ってる人いませんか?

今日、自分にとっては、ちょっとした嬉しい出来事がありました。

それは、私が小学校の時に運動会でやった

「騎馬戦」
で、歌った歌の歌詞をネットで発見したからです。

ずっと、どこかで、あの曲どういう歌詞だっけ?って思っていたので、
発見して、思わず


おおおおぉぉ!!

と声をあげてしまいましたよ。(笑)


紅組と白組に分かれて掛け合いで歌った騎馬戦の歌 ♪♪

騎馬戦といえば、武田信玄と上杉謙信の川中島の戦い。
ご存じですか?

当時男の子の種目だった騎馬戦に出たい!出たい!と心で思いながら、応援で、この歌を歌いました。

小学生ながら、この歌のかっこよさに何度も何度も帰りながら歌ったのを覚えています。


両者、戦う相手に文句なし!
いざ来たらん!
相見えようぞ!!

片や八千、片や二万余騎
率いる軍に差はあれど、戦う気持ちは両者引けをとらず。

戦国武将の心意気・・・
やっぱ、素敵だなあ・・・

ちなみに歌詞はこんな感じ。
これに、和太鼓が入って、歌いながら騎馬が入場し、決戦というものだったんです。

<川中島の戦い>

紅組(上杉謙信方)    白組(武田信玄方)
いでこのたびは信玄を   いざ来い来たれ謙信を
討ち果たさんと越後より  討ち果たさんと甲斐路より
信濃に出でし謙信が    越後路さして信玄が
率いる勢は八千騎     率いる勢は二万余騎
勇める人馬堂々と     勇める人馬整斉と
犀川近く来たるとき    千曲の川辺に来たるとき
東天高く明け染めて    秋の日は早や暮れ果てて
次第に晴れるる四方の霧  水の音のみいと高し


両軍斉唱
 ああ敵衆よ、好敵手
 汝と雌雄を決っせんと
 百年以来研ぎおきし
 刀の味を今ぞ知れ


やあああぁぁぁぁ!!


皆さんも、幼い頃の思い出の歌ってありません?
歌詞なんだっけなんてのもありませんか?

あったら、ご意見お待ちしてまーす!! 

決断~遠くへ嫁ぐ~

なんかすっごい出会いねえ(前の記事読んでみてね)・・なんて皆から言われた出会い方をした私達だったけれど、遠距離恋愛なんてしたこともなかったし、自分には絶対無理だと思ってた。

今までの恋愛って、割と身近にいる人だったし、会って食事したり、映画行ったりするのも、すぐにできたし、遠距離なんか考えたこともありませんでした。

そんな私に、遠方のしかも車で7.8時間もかかるようなところに住んでる人が告白!?

まさに、?????です。

ありえない、絶対ありえない・・・

彼(旦那)から告白されて、当然私が返した言葉は、


「無理です。絶対無理です。遠距離なんかしたことないし、できません。アメリカなんか来て、気持ちが開放的になってるだけですよ、きっと。」


この一言でした。

しかし、彼はひるまず。

「やってみないと分かりませんよ。そう言うなら、帰国してからの僕を見てみてください。それからでもいいでしょう」

彼はこう言い放ちました。

まあ、帰国直前だったし、日本に帰国すれば、会うこともないかもしれないし、とりあえず、お断りをして日本に帰国しました。


帰国して、初めての土日。


「今、夜行バスでそっちに向かっています」


と、彼からの電話。

えええええぇぇ!!!まじかいな!!!
だって7.8時間はかかる距離。

正気か・・・ 突然の電話にびっくりした私は、とっさに、


「いい、いい、来なくていいよ」


今考えれば、なんと無慈悲な発言。

それから、頻繁に彼は福岡へやってきた。

毎週毎週やってきた。

そして、つきあうようになり・・・


出会って一年半

「遠いけど、やりたいことやっていいから、結婚しようよ」 の一言。


即決はやはりできなかった。

遠方へ嫁ぐって、すべてを捨てて行かなきゃならないってこと。
そんな遠くへお嫁に行くと、すぐには実家にも帰れない。
両親のことも気になる。友達も誰もいなくなる。
10年近く続けた仕事も辞めて、無職になる。

何にもなくなる・・・
嫁いだ先で私のことを知っている人は誰一人としていない・・・


そんな状況に、果たして 私は耐えられるのか・・・


考えに考えた。そして私は嫁ぐことを決意した。


不安だらけ。先が見えない不安。
でも、私は、やはり、立ち止まるより前進することを選んだ。

駄目だったら、そのときはとの時さ・・・

とにかく、やってみよう。


自分を試す意味での決断でもあった。

遠くで誕生日を祝う・・・

実は、おとつい福岡の実家に荷物を送りました。
というのも、1月末が父の誕生日だったので、プレゼントをと思ったんです。

近くにいれば、車でちょいと帰って、ケーキでお祝いなんてこともできるんですが、遠妻にとっては、それは難しいことです。

高級品は買えないけれど、普段着に着れるシャツとトレーナーを買いました。そして、以前、お菓子教室に通っていた時、作って持って帰ったマロンパイを父がおいしいおいしいといって食べていたのを思い出し、作って送ろうと思いつきました。

仕事休みを使って、一生懸命作りました。
買った服とお菓子を段ボールに詰め、宅急便発送・・・

ちょっと遅くなったけれど、ハッピーバースデー、お父さん。
もう、こんな年になったんだね・・・


今朝、父さんから電話がありました。

「ありがとうね・・・すぐに、母さんと一個づつ食べたよ。おいしかったよ。シャツもありがとね。」

ちょっと照れ笑いの私。

遠くに行ってしまったから、こんな形でしか祝えないけれど



心から

    お誕生日おめでとう、父さん。



酔っ払い旦那に対する効果的アプローチを研究するお嫁様

最近風邪がはやっているようです。


私の旦那も、

37.7度熱がでました。今病院

とお昼間にメールがありました。完全にノックアウトです。


それもそのはず、まさに自業自得・・・


昨夜、飲んで夜中1時に帰宅した旦那は、勢いよく!(^^)!

ピンポーン


と家のチャイムを鳴らすや、なだれのようにこたつにもぐりこみました。

明日、仕事があるにもかかわらず、深夜番組を見ていたお馬鹿な私の右サイドに、とどのように横たわる旦那。
しかも、来ていたワイシャツと靴下を脱ぎ捨て、パンツとシャツ一枚。

ちょっとお、風邪ひくから布団にいって

といっても一向に動かない。


このぬくぬくとしたオアシスが、彼にとっては、この時は、楽園だったに違いない。
後で、大変なことになることをこの時の彼はまだ気が付いていなかったのだ!
引っ張り出そうにも、大きな「とど丸」は、この頑丈な私の体をもっても動かせない。
仕方なく、布団を一枚かぶせ、下に敷いてあるホットカーペットを弱にして寝ようとした。けなげにも、お嫁様は、風邪を引かぬようせめて気をつかったつもりだった。

ところが、ホットカーペットをつけて寝るよと言ったところ、消しておけと一言。
風邪引くからといっても、消してときかない。
もう知らないわと思い、電源を切って私は、一人ご就寝。



そして・・・朝起きると、何故か、カーペットの電気は入っていた。
きっと、寒かったのだろう・・・
だから言ったのに・・・


そして、昼間のメール・・・


そりゃ自業自得だよ。
そして、メールの最後には・・・

嫁からひどい仕打ちをされた・・・

どこまで人のせいにすれば気がすむのか・・・
まあ、自分でも少しは懲りただろう。
いや、懲りていてほしい・・そう願う遠妻のお嫁様なのでした。


どなたか、酔っ払いの旦那様の効果的な対処の仕方があったら教えてください!
こうしたら、効果的だったとか・・・
悩めるお嫁様に救いをおぉぉ!!
ご意見お待ちしてマース。